コンテクスト・シンキング

コンテクスト思考で課題解決!

地域メディアの「お悔やみ欄」について真剣に考えたことがあるか?

地域メディアに関わると必ずお悔やみ欄の存在を知ることになるわけですが、これって何なんだろうなーと思っております。よくよく考えてみたいと思います。

 

よく聞くのは、「不義理がないようにお悔やみ欄は見る」というコメント。
生前お世話になった方に対してお礼を言いたいとか、お別れをしたい、とかそういう人はたくさん居ると思います。そうですね。そのためには亡くなられたことを知る必要があるわけです。そうなるとお悔やみ欄は見られるようになります。

 

自分が死んだことを考えてみると、仮にお世話をした人が葬式に来なかったとしてそれを不義理だとは思わない。残された人たちで楽しく暮らして行けば良いと思う。

 

家族が死んだことを考えてみると、そもそも誰とどんな関係だったかはよくわからないので、不義理とかも良くわからない。

 

友達が死んだことを考えてみると、お別れは言いたい。同級生名簿で回ってくることが多い。今はFBとかあるから便利。

 

お世話になった方が亡くなったことを考えてみると、お葬式に出る、お通夜に出ることも大切かもしれないけど、亡くなった方へ想いを寄せることは大いに有るし、ふとしたときに思い出したりしたいので写真とかあると良いかなとか思ったりする。

 

こうやって考えてみると、不義理ってよくわからなかったのだが、そもそもみんなが見ているメディアにお悔やみ情報が掲載されていて、それを知らずにいたら、周囲は「あいつは不義理だな」と思うかもしれないと思うに至った。

つまりは、地域メディアがお悔やみを扱うから、故人と関係のあった周囲の人から、あいつは不義理だ、みたいなことが言われるのではないか?、という独り相撲状態であることに気づいた。

 

ということは、地域メディアは「お悔やみを扱うことで不義理を生み出している」ということになる。それなのに、「不義理をしたくない人がお悔やみ欄を見る」と言っていることになり、この無限ループみたいな状態が非常に興味深い。そして、この内向きのループがムラ社会を作るきっかけになるのではないかと思うに至った。

 

論理の未来、感情の未来。

今朝、こんなニュースが流れて来た。

 

japan.cnet.com

 

囲碁は論理で勝敗が決まるということであれば、先読み数だけの対決になっているのでしょうか。だとしたら、人の思考がコンピューターに敵うとは思えないですね。

 

AIは論理的には優れていると思います。

では、AIが発達すると、私たちはどうなるのか、というところですが、あらゆる課題に対して、「正しいこと」を導くのでしょう。けど、その正しい選択に共感が得られるのか?となると、別問題だと思います。

 

タバコは身体に悪いけど、吸う人がいます。私も吸ってました。実際に身体に変化が現れて初めて、その正しいことに向き合うわけです。正しいことに感情が追いつくわけです。もし、正しいことだけが尺度になってしまうと、人の行動は並列化していくでしょうね。でも、そんなことにはならないでしょう。感情がそれを拒絶すると思う訳です。

 

コンテクスト・シンキングでは、論理と感情の共存を目指しており、そのためのコミュニケーション方法などを提案しています。組織の中で、プロジェクトの中で、いくら正しいことを進めても賛同を得られない、なんてことは当たり前のようにあります。そこに向く人たちの感情が論理を受け付けないからです。

そして、興味深いのが、この感情は、おそらく人が人と暮らすようになってから、ずっと変わっていないであろうということ。好きな人とは一緒に居たいし、嫌いな人とは一緒に居たくないとか、嫌なことはしたくないけど、好きなことはし続けられるとか。きっと、人に感情がある限り、正しいことだけでは生きて行けないんだろうと思うのです。

 

人間の論理を超えたAIを思うに、これからは特に、論理と感情の共存が求められているように思います。

 

 

具体的な話を抽象的に捉える

ここ最近、ずっと気になっているのが、具体的と抽象的。

 

僕の話は抽象的なことが多く、もっと具体的に言ってもらった方が「わかりやすい」と言われることが多いのですが、これって抽象的に物事を捉えている人からすると、結構、ヤバい感じのことなので、今回はそれを説明しちゃいます。

 

まず、具体的な話とは何かですが、

「私が、ネットで、温水便座を出品したら、中国の方が購入して、儲かった」

みたいなことですね。これを抽象的な話にすると、

「ある人が、ネットを使って、その国での需要は伸びているが性能が追いついていない背品を販売したことで、ある国のニーズにぴったりとハマり、儲かった」

ということになります。

 

ネットビジネス初心者に、こういう説明をしたとしましょう。

「世界の国で、今、市場で何が求められているのかを把握することはビジネスにおいて重要です。そのニーズにマッチした製品があったとして、そのクオリティに満足していないという事実がわかれば、市場にある製品を日本製品に置き換えるだけで、売れるようになります」

これは抽象的な説明です。

これをさきの温水便座を例に、具体的な説明に置き換えてみます。

「現在中国では温水便座の需要が高まっている。国内メーカーが販売を開始し、ヒットしているのだが、粗悪品が多く、消費者のニーズを満たしていない。そこで、私は温水便座を中国人が閲覧するサイトに掲載し、5台ほどモニターを募集して感想をサイトに書き込んでもらったことで、ヒットしています」

 

この2つの違いは何か?ですが、前者は何が該当するのかを探すところから始めるのに対して、後者は何をすればどうなるかが良くわかりますね。

 

でも、後者の言葉を求めている人は、経営には向いていませんので辞めた方が良いですね。「自分が何をすれば儲かるのか?」を考える人は経営者に向いています。一方で、「自分が何をすれば儲かるのか?」を教えてもらいたい人は従業員向きなのです。

 

考える人は、何を考えれば良いのか?を理解しているのに対して、教えてもらいたい人は考えることを放棄し、何すれば良いの?と待っているわけです。最初の取り組みが終わると、次は何をすれば良いの?と聞いて来ます。経営者になりたい人は、誰に聞くのでしょうか。コンサルが教えてくれると思ったら大間違いで、コンサルは、考えるべきことを整理するのが役割です。なぜならずっとその商売を一緒に考えて行くことはないのですから。ずっと考えて一緒にやっていくなら、役員にでもした方が良いです。

 

抽象的に捉える人は、具体的な話を聞いた時ほど、それを抽象的に捉えて、その中から学びや発見を得ようとします。具体的に捉えたい人はそれを真似します。いつまでも考えないので、オリジナルを超えることはないですし、市場を作ることも出来ません。価格を一桁安くしたり、高く売れるとなったら、それはイノベーションではありますが、真似をしているだけならそれも出来ないでしょうね。

 

“具体的にしか話を聞けない”という人は、「自分の頭で考えない人なんだな」と思われている可能性が高いです。具体的な話を抽象的に捉えるための思考術についてもトレーニングもコーチします。ついでなので、宣伝です。

考えれば「何をするか?」は「何をすべきか?」に変わる。

FBのタイムラインでコメントをしていた方が多かったこちらの記事から。

 

toyokeizai.net

 

2015年の記事です。そして、毎度おなじみにの方の記事です。

 

「実践している人をサポートしろ」ということなのか、実践している人は「誰かが反対しても頑張れ」と言いたいのかなと感じました。つまりは、「応援する」または「続ける」と言っているのかと。

 

2013年に、アイデアとエグゼキューションについての記事が話題になりました。

https://innova-jp.com/ideas-just-multiplier-of-execution/

 

この記事では、実行力のないアイデアは無価値と言ってます。それは、実行の設計の重要性であり、その実行とアイデアとの掛け算でこそ価値が決まる、という話です。

 

なので、実践に対しての設計の評価なしに、応援したり、続けたり、すると、いろいろと無駄が多くなってしまう可能性が高いです。確かに失敗から学ぶことは大切ですが、地方のリソースは限られているので、失敗しないようによく考えて戦略を練ることが大切だと思います。ただ、そもそも、失敗は目的あるチャレンジでのみで、学びに変わるものです。なんとなしに実践して得た気づきなど、やる前からわかっていること程度しか得るものはありません。なので、実践に対して検証がないまま応援したり、続けたりとか言うのはあまり宜しくないですね。

 

これをやろう!という方針は戦略だし、こんな風にやろう!というのが戦術となるわけですが、戦略と戦術について、元USJCMO森岡氏が「USJを劇的に変えたたった一つの考え方」の中で触れています。この例が面白いです。

A 良い戦略と良い戦術
B 良い戦略と悪い戦術
C 悪い戦略と悪い戦術
D 悪い戦略と良い戦術

これをビジネス的に良いと思う順番に並べると、どうなりますか?

 

森岡氏は、良い順番に並べたら、A→B→C→Dだと言います。

それを「USJからTDLに行く」という目的を持った場合として説明しています。

 

戦略=TDLに行くこと、戦術=飛行機(早い)、新幹線(快適)、バス(安い)などで、Aが最善であることがわかる。

次に、戦略=TDLに行くこと、戦術=自転車(遠い、時間掛かる)、歩き(最早着かない?)では、目的(=TDLへ行く)を達成しない可能性が高いが、距離は縮まるので、次点となる。

さらに、戦略=TDLに行くことを間違い香港DLに、戦術=自転車(遠い、時間掛かる)とか、歩き(最早着かない?)では、目的に対して戦略が間違っていることに気づいたときにリカバリーしやすいから3番目。

最後、戦略=TDLに行くことを間違い香港DLに、飛行機(早い)で行ってしまい、目的に対して戦略が間違っていることに気づいたときには、目的地からの距離も離れ、リカバリーするにしても、お金も時間もさらに掛かるという結末になる。

 

ということ。

やっぱり、戦略も戦術も見直したり、評価したり、そうやって日々考えないといけないのであって、そのことをせず応援しようとか続けましょうとかは、ちょっと違いますよね、と思うのです。

 

実際には、「何をしようか?」(アイデア)を考え始めた時点で間違いが起きる可能性が高いです。

 

では、どうしたらいいの?ということですが、まずは、「なぜするのか?」「どうできるのか?」を先に考えた方がいいです。カギは、「どうできるのか?」という問いで、これはまだ見ぬ未来に対して言っているのではなく、「どうやってきたか」に着目します。やってきたアイデアのことではなく、アイデアをどう実行してきたか、を振り返るのです。そうすると、自分たちの強みが、自分たちに確実に出来ること、自らが持っているノウハウが見えてくるのです。

 

つまり、WhyとHowが整理できて、初めて、Whatについて考えた方がいいのです。そうすると、「何をしようか?」は「何をすべきか?」に変わります。考え抜いて行けば、必ずそこに至るので、そこまで至らないなら行動して無駄を生み出さない方がいいです。考え抜けば、必ず答えが見つかります。

 

という訳で新年度もどうぞ宜しくお願いします。

 

ミラサポ活用されている方もいらっしゃいます。

ご相談はこちらまで!→ office@bless.gunma.jp

AIDMAからCISDASへ

wikipediaより)

 

AIDMA(アイドマ)とは1920年代アメリカ合衆国の販売・広告の実務書の著作者であったサミュエル・ローランド・ホール著作中で示した広告宣伝に対する消費者の心理のプロセスを示した略語である。日本語圏において「AIDMAの法則」として、2004年に広告代理店の電通等により提唱されたAISASとの比較により知られる。

 

AIDMAの法則では、消費者がある商品を知って購入に至るまでに次のような段階があるとされる。

  1. Attention(注意)
  2. Interest(関心)
  3. Desire(欲求)
  4. Memory(記憶)
  5. Action(行動)

このうちAttentionを「認知段階」、Interest、Desire、Memoryを「感情段階」、Actionを「行動段階」と区別する。[要出典]

米国等でより一般的に知られた類似の用語として1920年代に応用心理学の分野で米国のE・K・ストロングが論文中に示したセールスにおける顧客心理の段階のAIDAがあり米国でのマーケティング、セールスや広告営業における用語としてはむしろこちらの方が現在でも世俗的に用いられることがある[2]

  1. Attention(顧客の注意を引く)
  2. Interest(顧客に商品を訴求し関心を引く)
  3. Desire(顧客に商品への欲求があり、それが満足をもたらすことを納得させる)
  4. Action(顧客に行動を起こさせる)

ネットでの購買行動のプロセスモデルとしてAIDMAに対比されるものとして日本の広告代理店の電通等によりAISAS(エーサス、アイサス)というモデルが提唱された[3]

  1. Attention(注意)
  2. Interest(関心)
  3. Search(検索)
  4. Action(行動、購入)
  5. Share(共有、商品評価をネット上で共有しあう)

 

以上はwikipediaの転載です。

 

で、CISDASとは何か?ですが、これは私が思う消費者行動です。

実際の購買活動とネットの購買活動は切り離せるものではなく、1人の人間からしたら、1人の行動でしかありません。なので、この2つの法則だと見落としがあるんじゃないかと感じております。

 

 1.Cognition(認知)
   存在を知る段階です。誰かからのShareによって知り得ます。

 2.Interest(関心)
   知ったことで興味を持つ段階です。興味が高いと次のステップに進みます。

 3.Search(検索)

   めっちゃ調べます。調べまくります。

 4.Desire(欲求)

   調べることで欲求が高まります。

 5.Action(行動)

   Searchを繰り返すことでDesireが納まればそれまでです。

   しかし、Desireが高まると購入されます。

 6.Share(共有)

   購入した人がShareすると思いがちですが、実際には、

   購入しなくてもDesireが高まっているとShareします。

  

 消費者行動において、購入と共有は直接的な因果関係がありつつも、売上という視点で考えれば、もっと重要なのが、その1つ前の「欲求を高めること」ではないかと思うのです。そこが電通のモデルのモノ足らないところでした。

 

 欲求が高まり、購買されることも重要ですが、欲求を高めるという点では、それ以上に重要なのが「情報の循環」を起こすことです。つまり、情報が循環する過程の中で「購買する人がいる」だけだと考えればいいのです。欲求を刺激し続けるための情報を如何に発信できるかがカギだと思うのです。

 

最近のその好例が、キンコン西野の「えんとつ町のプペル」です。

 

というわけで次回はそのあたりを。