コンテクスト・シンキング

コンテクスト思考で課題解決!

「コンテクスト・プランニング」の視点で見る黒田官兵衛

最近、大河が面白くて仕方ないです。もうお年寄りかもしれない。

何が面白いのか、というところですが、あの時代、軍師ほど、コンテクストを読み、プランニングすることに長けていると感じるからです。これはあくまでも大河ドラマ黒田官兵衛の話しです。史実とは関係ありません。

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黒田官兵衛が織田に付くと決めた際、「織田の勢い」と「毛利の態度」を天秤にかけました。織田信長は、天下不武を掲げて各地を攻めます。織田信長の立場で考えてみると、織田方に付かない武将が出てきたら、織田方は「攻め落とす」か「諦める」かの二つしかありません。天下不武を掲げて侵攻する織田方が「諦める」可能性は極端に低いでしょう。よって、「織田が侵攻を辞めることはない」という結論に至ります。この時、毛利の動きは関係ありません。織田がどう動くかを読み解くのが肝心です。

次に、毛利の立場でのみ考えてみましょう。毛利は巨大ではあるが、他を攻めるようなそぶりは見せていない。侵攻をして天下を統一するなんて野心を明らかにしているわけではない。あくまでも領地の平和を願うだけ。そうなると、仮に周囲の国々が攻められたとしても、毛利にとって一番大切な領地に危害が及ばない限り、動くことはない、という可能性は低くない、と考えるのは自然です。

そうなるとどちらに付くのが生き残れるのか、ということは明白です。自身の領地を毛利に捧げ、毛利の配下になるのであれば、助けてもらえる可能性があったかもしれない。しかし、「自分の領地は守りたい」武将が、毛利への忠誠を誓ったところで、結局は、毛利は他人の領地がどうなるかなんてしったこっちゃないわけです。

よって、織田と対峙するところに城を構える武将が、毛利の援軍を期待して、織田と戦うなど、自分にとって都合の良い期待でしかないのです。なので、織田に付かずに毛利を選んだ武将が、最後は根絶やしにされる、という結末を迎えることも想像の範囲です。

 

実はドラマの中では、もう一つ、ポイントとなることが描かれておりました。それが宇喜多直家の判断です。毛利と織田、どちらに付くか、と迫られている時に、のらりくらいして、「どちらにも付かない」という態度を示したことです。

これは、彼の領地の位置が微妙な距離感を保てる場所であったことも大きく働いきましたが、対立するAとBに結論を迫られた場合、理想は、宇喜多のように「何もしない」という状況に持ち込むことは一つの理想でもあります。なぜなら、想定外の選択を迫られた場合、どちらに付いても準備できぬままに急流に飛び込むようなものなので、自身の判断が付く、付かないに関係ない状態で決めないといけないからです。そういう意味では、宇喜多もコンテクストを読む事に長けていたのだと思います。そして最後は、秀吉に自身の正室を送り込むという強者。それも息子を守る(=宇喜多を守る)という夫婦の考え、武将の考えに即しています。織田に反目するであろう存在が出てくるというのも、さすが、という感じです。

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ということで、コンテクストを読むにあたって、そこに関わる人の心理が如何に重要であったかはわかると思います。組織にしてもチームにしても会社にしても、必ずそこに関わる人が推進していかないとならないわけですから、その人たちの振る舞いをしっかり読み解くことが必要になるのです。