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コンテクスト・シンキング

コンテクスト思考で課題解決!

アドバイスを聞く、聞かない、どっち?

仕事の関係上、アドバイスを求められることがある。

一応、本気でアドバイスするのだが、このアドバイスというものの本質はどこにあるのだろうかと考えていた。

 

自分に都合の良いアドバイスだけを取り入れて、自分の立てた予想に自信を付けたいというケースがある。確証バイアスがかかっている状態。これはアドバイスが欲しいのは「自分が安心したい」という理由による。そういう様子が見えた人には、思いっきり不安にさせまくることにしている。

正解にたどり着けない思考方法で自分に都合の良い仮説に安心したいためにコメントを求めてきて、そこでアドバイスして後押ししようものなら、後で何言われるかわからない。それがコワイので不安にさせて煙に巻いてやるのだ。

 

自分が思考を進めるにあたり、わからない点や新しい視点が欲しくて、アドバイスを求めることがある。これは正しいと思う。基本的に、考えるのも、決めるのも自分自身というスタンスが良い。そういう場合には本気でアドバイスをすることにしている。

この場合、僕のせいにされる心配がないから本気になれるのではなく、気概というか、気合いというか、自分に責任がある、というところが基本スタンスにあるってのは素直に気持ちいい。基本的にそういう人は好きだ。

 

こうなると、「アドバイスは聞いた方が良い」とか、「アドバイスは聞く必要はない」というコメント自体が無意味に思えてくる。

 

アドバイスがどうこうより、それを受け取る側のスタンスの方が重要で、そのスタート地点が180°違っていたら、先のコメントの答えも、○にもなるし、×にもなるし、という状態になる。

 

「わからないことは人に聞く」ってことは大切だと思う。スッゲー頑張っている姿をパフォーマンスで見せておいてからの「自分なりに頑張ったんですけど出来ませんでした」とか、まるで意味がない。そんな恥ずかしいコメント、今でもたまに聞くけど、話すのもいやになる。「出来ません」なんて言うくらいなら、最初に「助けて」「教えて」って言った方がよほど良い。

 

なので、「全て自分の責任です」と考えている人に必要なのが「アドバイス」であり、それ以外は、アドバイスなんて求めて、相談なんかせず、「助けて」「教えて」と素直に言った方が良いのではないかと思う。女子はそっちのがカワイイよね、という話でもある気がしてきた。