それでも僕は失敗をススメない。
Facebookで知人のタイムラインにアップされていた記事を読んで、私も「挑戦」と「失敗」について考えてみました。
↓↓その記事がこちら↓↓
ようやくすると、「勝者と敗者は他者が決めるものであり、挑戦の結果がその2つの成果なら、その果実を手に入れられるのは、挑戦者である強者のみである」ということ。
そうですね、そう思います。
だからこそ、経験的に思うのは、失敗はしないに越したことはなく、失敗もオススメしたりはしません。
結果について先に考えるかどうかが、「チャレンジする人」と「チャレンジしない人」を分けるのだと思います。
確かに、「チャレンジした人」しか、成功(=勝者)は手に入りませんが、「成功を手に入れたい」って思ったり、「勝者になりたい!」からチャレンジするわけではないです。目的を遂行する時に、チャレンジが必要だからするのであり、ここに大きな違いがありますね。この図解の「チャレンジした人」と「チャレンジしなかった人」という言葉選びが、“結果を先に考えている”ことを示しています。
結果を先に考える人の思考では、恐らく、上記の図にはならず、チャレンジとか勝者とか敗者とかではなく、「失敗」という言葉を大切にしているでしょう。
つまり、チャレンジすると、成果は、「①成功する」、「②失敗する」の2つになります。一方、チャレンジしないと、「③失敗しない」、「④成功もない」の2つが成果です。そう考えた結果、「③失敗しない」ことを選んで、チャレンジしないという選択をしているんだと思われます。
「失敗しない」選択をしている人に、「失敗をオススメ」してもチャレンジするとは思えないんです。それ以上に重要なのは、なぜ、その選択を迫られているか?です。仮に、目的を遂行することを第一に考えた時、チャレンジの先にしか成功がないのであれば、チャレンジするしかないはずなんです。
だからこそ、「失敗しないようにチャレンジしよう」と言いたい。
コンテクスト・シンキングの手法で対処するならば、選択を迫られたときは、「チャレンジする」と「チャレンジしない」の2択で物事を捉えます。
結果についてはリスク(チャレンジが失敗した時の「時間コスト」「稼働コスト」「その他のコスト」)のみを考えて、それが後々、取り戻せるものなのか、取り戻せないものなのか、を天秤にかけて、チャレンジするか、しないかを選びます。
つまり、チャレンジした結果、成功するか、しないかを、先に考えず、その上で、失敗しないようにチャレンジすることを考えます。
チャレンジする前に、“チャレンジの成果”に気が行く人は、失敗する可能性が高いので、チャレンジしない方が良いですね。
コンテクスト・シンキングで大切にしているのは文脈です。よって、選択は、目的へと到達するための道筋の中にあるイベントの1つでしかありません。よって、それ以上にリスクの小さい方法があるならそちらを選べば良いだけの話しです。1つ1つのチャレンジなど、大した問題ではないのです。大局的な視点を持つことでしか、自分が思い描くコンテクストを手に入れることは出来ないのです。